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2004年07月28日

女神がくれた宝石 (4カラット)

2004年3月3日、待望のニューアルバム「輝煌」が発売された。もちろん、前日にCDショップで購入。
楽しみにしていた、と言いたいが、別にどうでも良かった。
ただ自分を平静に装うための、また、話題に乗り遅れないようにする手段だったのかもしれない。

今までは、帰宅してすぐにプレイヤーで聴く&見るのリズムが、今の自分には奏でられない。買ってCDを単に再生しているだけで、ほとんど聞き入ってなかったと思う。
何か違うことを考えていたくて、仕事から帰るとずっと啓道館の改良(多言語表示化など)に着手していた。

この頃を境に職場の業務日誌も著しく内容が薄弱になり、今読み返すとこの時の自分の精神状態が分かる。毎日のように書き込んでいた資料館の掲示板も断続的にしか書き込んでいない。みんなの楽しそうな雰囲気を見ているのも嫌になり始めた頃だった。
それこそ明るく努めるのがやっとだったと思う。

この時期、まだ関東/東京地区オフ会も開催していないのに、国際フォーラム公演の際のオフ会の話が持ち上がり、私も参加の表明をした。高校時代から銀座・有楽町周辺が遊び場だった私にとっては、女子十二楽坊のコンサートを鑑賞しに東京まで来る方がいることを凄く嬉しく思った。

数日後、父が一般病棟に移り、私も精神的に落ち着いてきていた。自分も国際フォーラムオフ会の話に乗ってすでに場所を考えていた。
「昼にオフ会となると喫茶店かぁ・・・じゃあ高校時代によく溜まり場にしていたあそこがいいな。有楽町では一番分かりやすいし!」
「夜は以前から会社単位で使っているあのビルが一番いいな、しかも東京駅の真ん前だし!」
次第に煮つめていくのが楽しみだった。

そんな矢先、何か虫が知らせたというのか、仕事の途中見舞いに行きたくなった。父の検査結果が出る日だということを知らされていなかったのだが、心筋梗塞を併発しているとのことだった。父はそれを私に伝えたがっていたという。
当然ながら多額の手術費用も要る、しかも家計が苦しいので父の蓄えだけでは全く無理だ。
私「今のうち悪いところ全部治しちゃえよ、生き返ったと思えば安いもんだろ」
父「頼みがあるんだけどよぉ、狭いとこだけど、また一緒に住んでもらえねぇかぃ」
あんなに弱気な父を見たのは初めてだったし、見たくもなかった。
涙声で話す父の前で、私は快く同居を引き受けた。

記事担当 keidoh : 2004年07月28日 06:29
コメント

やっぱり、女子十二楽坊がいてくれてよかった

その頃の啓さんの気持ちを、少しだけでも柔らかくしてくれたんじゃないかなぁ・・・と信じてます。

Posted by: けんたろう : 2004年07月28日 21:30

高校時代から銀座・有楽町周辺が遊び場だった私にとっては、女子十二楽坊のコンサートを鑑賞しに東京まで来る方がいることを凄く嬉しく思った。
はい、東京まで来た人です。(笑)名古屋のチケットが取れなかった時点で普通のファンだったら諦めるところですが、私は東京だろうが、大阪だろうが、どうしても楽坊さんのコンサートが見たいという気持ちが強く、ある方の御好意で東京追加公演のコンサートチケットを何とか手に入れました。決して若くはないのにいったい何がそうさせるのか、自分でも分かりませんでした。妻からも「東京まで見にいくの!」とか「東京で2泊もするの!?」って、あきれられたし・・・。(苦笑)

Posted by: YASU : 2004年07月28日 21:49