タクシーといえば、街の中いたるところにタクシーが溢れている。料金は初乗り約3キロまで8元ということもあり、市民の足となっているようだ。
今回の旅行中も何度かタクシーで移動したが、いつもだいたい10元前後で済んでしまうので、お値段的にもとても満足でした。と言っても、ほとんどいつも先生のお母さんや叔母さんたちが払ってくれたのでした。
僕がタクシー代を出したのは2回くらい?う~む、いやはや本当にすまんこってす。
今日はツアー4日目でございます。
起床してから、例のごとくビールを手にして”ブリーフィング”が始まりました。
パンツ一丁でベッドの上にあぐらをかき、ガイドブックをめくりながら、
「屋台がたくさんある深水捗なんてどう?」
と提案しつつ2本目のビールを開ける自分がいました。
]]>何故か、目が覚めてすぐに窓の外から肌に伝わってくる感覚が、「雨が降っているな」と確証は持てないが、そんな予感を持たせた。
”とりあえずのビール”をすきっ腹に流し込み、テレビのスイッチをオンにしてみた。
絶妙のタイミング、とでもいうのか、画面に映し出されたのは天気予報だ。
2本目のビールに手を伸ばしつつ、昨夜ビールと共に買ったポテトチップを頬張りながら、画面を眺めていた。
広東語を早口でまくしたてている天気予報士が何を言ってるのかはさっぱりだったが、天気図と共に流されるアニメーションで、今日から数日の間は雨天が続く、という事が分かった。
]]>今日の昼にも訪れたのだが、夜景を見るために再びビクトリアピークへ行くためである。
ツアー中は移動する際に、色んな乗り物に乗車してもチケットはガイドのリサが手配してくれていたのだが、自由行動である今は自分たちで買わねばならない。
ということで先日の記事でも書いた「オクトパスカード」を駅で購入。
このオクトパスで地下鉄に乗車して、香港島の湾仔で下車。その後、散歩を兼ねて散策しながらピークトラムの駅へ向かった。
]]>朝食はまだ摂っていないのだが、ツアーの中に朝食が含まれているようなので、ビールで小腹を満たしていた。
10分ほどしてから、ロビーにツアーガイドのリサが姿をあらわした。
「ジョウサン!」
と広東語で朝の挨拶を済ませ、ツアーバスに乗り込む。
この後、バスは自分たちが泊まっているホテル以外に2ヶ所立ち寄り、他のツアー客を拾っていくのだ。
ツアー初日に香港の街のネオンが踊りまくっている”夜の顔”を楽しんだ自分は、どうせならツアー2日目に、早朝の空が白み始める時間の尖沙咀の街を散歩したかったので、今日は朝4:30に起床、の予定だった。
「人出も少ない朝の街を堪能するぞっ!」
と胸に秘めつつ。
]]>香港旅游一期(ヒョンゴン リュイヨウ ヤッケイ)【8】
の記事を書くところだが、香港で撮影した写真を編集していて、”乗り物”の写真が多いことに気づいた。
今回は、香港で”体験”した乗り物について書いてみる。
]]>ここで一旦解散してから周辺を散策、その後再び集合して、オープントップバスで彌敦道を爆走→女人街で散策、といった具合である。
日航ホテルに着いたのは19:00を少しまわったくらいだった。
リサに集合時間を尋ねると20:30とのこと。
集合時間を聞いた瞬間、自分の心の中でブラスバンドとバトン隊がパレードを始め、リオでサンバ隊が腰をくねらせ、赤の広場でコサック隊が踊りまくり、天安門広場で人民たちが太極を舞い、啓道館スタッフが御徒町サウナでムフフマッサージを受けるほど嬉しかった。なんじゃそら。
これから夕飯のために向かう先は、海鮮料理で有名な”鯛魚門(レイユームン)”である。
鯛魚門はのどかな漁村であり、水上生活者の船も多数停泊していて”香港仔(ヒョンゴンチャイ)”とよく似た街である。
ホテルでのビールとポテチだけでは小腹を満たす程度であり、自分の胃袋からは
「は、腹減ったッス。救命呀(ガウメンア)~!!」
という怒声が聞こえていた。

意味は無いが、レストランへ向かう途中の車窓から撮った不動産屋。家賃の表示が月/6万~15万(円)以上。こうしてみると家賃の相場は日本と、そう変わりない。