February 13, 2004
鑑真の郷里「大名寺」
732年、第9次遣唐使に随行してきた二人の日本人青年僧侶が、大明寺の住持鑑真に仏教の戒律を伝えるための派遣を懇請してきました。
国禁を犯してまでも赴こうとする鑑真の弟子は誰一人いなく、当時55歳の鑑真は自ら行く事を決心しました。

渡航は難を極め、5回の難破の末、12年後の753年についに成功しました。
しかし、長年の渡航の苦労から、鑑真は両目の光を失いました。

死期が近づいたころ、弟子たちは師の等身大の座像を造りました。
そして763年、奈良の唐招提寺で入滅されました。



1200回忌にあたる1963年に唐招提寺の金堂を模して鑑真紀念堂の建設が始まり、10年後の1973年にこの敷地内に完成しました。
唐招提寺の乾漆座像を模して造られた、くす材製の鑑真像。


