啓道館MENU

January 07, 2006

ラクダのミルクと無数の星

トルファンからウルムチに戻る時のことです。
すでに日は暮れていて真っ暗な中、私たちを乗せた車はひたすら直線道路を走り続けていました。
窓外の景色など全く見えないので私も含めみんな寝ていたと思います。
運転手さんがムニアさんとなにやら話し始めた時、ややルートから外れた場所へたどり着きました。

車のヘッドライトが照らした先には、日干し煉瓦作りの住居の壁に『骆驼奶(ラクダのミルク)』と書かれています。
運転手さん(ウイグル族)はこの場所に来るたびにカザフ族からラクダのミルクを買うそうです。すでに用意していたコーラの空ペットボトルを数本取り出し、もし買いたいのであれば空ボトルをくれると言っています。アニーは興味津々でボトルを受け取り、足元の全く見えない中、私たちは住居に入っていきました。
裸電球が僅かに灯る暗くて寒い室内、夫婦とお婆ちゃん、そして小さな子供が厚着をしてくつろいでいました。
私たちはオンドルのある部屋でご主人が試飲用に持って来てくれたラクダのミルクを口にしました。といっても私は舐める程度。牛乳を飲んで下痢をする私には怖くて飲めません。

ん~、こりゃダメだ!

子供のころどこかで絞りたての牛乳を飲んだ思い出があるけどそんな感じ。くせはなく濃厚な味です。他にも乳酸菌で発酵させた『酸奶』があったのですがこっちは私は門前払い。アニーが口にしていましたがすごく酸っぱそう。
アニーは運転手さんからさらにペットボトルをもらい合計で4.5リットルのミルクを買いました。
こんなに買って上海に持って帰れるのかよお・・・しかも持つの俺だろうし・・・ブツブツ
その住居を出るときにはちゃんと私の両手にはペットボトルが!

ため息をつき、空を見上げるとそこには無数の星。

うわぁ!!!

乾燥した気候に加えて街灯すらないこの地域。排気ガスを吸って生活している東京者の私には生まれて初めて見る星の数。それこそ図鑑でしか見たことのない光景でした。

今度来る時は絶対一人で来ようっと。

投稿者 keidoh : 11:10 AM | コメント (0)

December 31, 2005

トルファン 達坂城的姑娘(その2)

食後に『カレーズ民族園』へ向かいました。カレーズとはペルシア語で「掘って水を通す施設」という意味だそうです。

古代ペルシアで考え出され、シルクロードを通ってこの地に伝えられました。山の水が溜まった地下水脈から横穴で水を引く。何本もの縦穴があるのは縦穴を掘るためのもの。気温が高く乾燥したこの地ではすぐに水が蒸発してしまうためこの地下水路がつくられました。トルファンには約1000本のカレーズがあり、総延長は5000キロメートルに及びます。まさに万里の用水路なのです。
このトルファンが乾燥地帯にもかかわらず栄えてきたのはこのカレーズのおかげなのです。

http://www.shinnaigai-tex.co.jp/seihin-list/kaleize.html に写真が掲載されています。

IMG_0253.JPG

いやあ、水が冷たい!しかもどこから来たのか小魚まで泳いでるし。ただ、この一つのカレーズでは壮大なスケールは実感できないのが本音です。それこそ上空から無数の縦穴を見ないと古代の人の苦労が計り知れません。順路通りにたどるとお約束の土産店に繋がっているし・・・。別料金を払って入った割にはちょっとショボい。

次に着いたのはブドウ園。当然ながらカレーズの水で作られたブドウを賞味できます。

budao.jpg

ここの白ブドウは縦長の実をつけています。ブドウ棚の下で食べるブドウって最高!しかもここが夢にまで見たトルファンだなんて感無量。でもちょっと残念だったのが、一緒に出されたスイカが昨日のダンスショーのものよりも甘みが少なかったことです。
そうこうしているうちにマイクを持った娘が今から何かを始めますと言ったと同時に音楽が鳴り出し、赤と緑の民族衣装を纏った二人の娘が踊り始めました。

2xiaojie.jpg

いいぞっ!可愛いなぁ~。おじさん 君たちの胸元に万札ねじこんちゃおうかな。ブドウを頬張りながら優雅なショーを見る私。新疆に来て本当に良かった!
何曲目かに達坂城的姑娘も流れました。う~ん、行きの車中で歌ってくれたムニアさんのヴァージョンと違うなあ(しかも自分の土産として買った王洛賓のCDとも違う)。アニーは一緒に口ずさんでいました。

その後、みんなで踊りましょう!と緑色の娘がマイクを使ってこちらに告げると、店長らしき中年男性が私たちの頭にウイグル帽を被せ、ステージに誘導しました。
踊りながら徐々にステージ中央に行くアニー。私はビデオカメラを回しているので帽子を被せられたままみんなの様子を撮影することに。
二人の娘に加えて店長、もう一人民族衣装を纏った青年、ムニアさん、そしてアニーと若夫婦の3人が輪になり軽快な音楽に合わせて踊っています。
ん?なんか変だぞ!おいそこの漢族3名!ステップが違うんじゃないかい?両腕を伸ばし優雅に踊っているウイグル族の人たちに対し、アニーと若夫婦はまるで熱された鉄板の上で跳ね上がる海老のようにぎこちない。

dance01.jpg

しまいには若夫婦の旦那がこのショーの餌食に。花を手渡され赤の民族衣装を纏った娘とダンスをするハメになり、花を持った旦那は娘の周りを何度もクルクル走らされ「もっと速く!次は逆に!」とせかされています。ヘトヘトになったころに音楽が終わり、娘が花を受け取って終了。店長が「お疲れ様~」とみんなを元のテーブルに帰らせ、旦那と「ありがとう」の言葉と共に握手を交わしました。その瞬間の出来事は誰も見ていないはずですが、背後にいた娘がその受け取った花をステージ袖にポイっと投げ捨てていました。1日何度もやるのでしょうからやっぱり事務的なんですね。知らぬは旅行客ばかりなり・・・

ウルムチのホテルに戻り、アニーがかなり怒りながらこう言いました。
「なんであの時みんなと踊らなかったの?」(もちろん中国語で)
アニーはあの若夫婦を羨ましがり、私はといえば撮影がメインでアニーなどあまり気にかけていなかったのです。それは反省。
私はこのブログに記事を書く使命感を持って来ているのですけどね。分かってもらえるわけないでしょうか?

「俺はお前を撮っていたんだ!」
アニーはビデオカメラの映像に映っている自分が踊る姿を見て大爆笑していました。

めでたしめでたし

投稿者 keidoh : 07:19 PM | コメント (0)

December 14, 2005

トルファン 達坂城的姑娘(その1)

10月19日
ウルムチのホテルを出たのは9時。外はひんやりとしていて、これから向かうトルファンの日中の予想最高気温が22度なんて想像もできません。
昨日の朝食に懲りているアニーは、ここぞとばかりに上海から持って来たインスタントお粥を時間ギリギリ・・・いや出発した車内で食べています。(私はといえば一人食堂で済ませ、部屋に戻って来ても出発準備のまだできていない布団にくるまった『ねぼすけアニー』に立腹していたわけですが・・・)

出発してから15分ほど経ったころ、荒野の真ん中をどこまでも続く直線道路に変わりました。昨日行った天池までの道もこんな感じの風景でした。トルファンまでは3時間を要するので気長にゆったりした車の旅になります。

約1時間後に休憩場所として着いた所は風力発電地帯。この地域は年間を通じて偏西風が吹いているので適しているそうです。ボゴダ峰がそびえる手前にプロペラをつけた何本もの柱が林立していました。電力の約30%がウルムチに供給されているそうです。

DSC00382.JPG

この時まだ寒く、足早に車の中に戻り込みました。

*****

さらに1時間を過ぎたころだったと思います。ムニアさんが『今から唄を歌います』と私たちのほうを振り返りました。

【達坂城的姑娘】
♪达坂城的石路硬又平啦 西瓜呀是大又甜啦 达坂城的姑娘辫子长呀 两个眼睛真漂亮 你要是嫁人 不要嫁给别人 一定要嫁给我・・・

王洛賓(音楽家)がこの新疆民謡を漢語に訳すようご当地にお願いしたところ、『新疆的姑娘』が『達坂城的姑娘』と訳されたそうです。(アニー談)ちなみにアニーが歌うと歌詞が微妙に違います。子供のころお父さんから色々な唄を教わったうちの一つだそうです。私はこの曲、女子十二楽坊の上海公演に当スタッフらと鑑賞しに行ったとき初めて聞いた歌で、今でもそちらのロック風(?)ヴァージョンのほうが印象が強いのです。ムニアさんの歌うヴァージョンはいかにも歌い継がれてきた民謡調で最後に『ヘイ!』と入りました。

そしてこの達坂城的姑娘、実は決して美人ではないそうです。というのは人口がごく僅かの集落であったため大多数が近親婚を選択してしまい、美形とは遠い姿になっていってしまいました。
これに反して現在のウイグル族は7親等以上離れていなければ結婚はできないそうです。(ムニアさん談)
アニーは寝ていたのでムニアさんの歌を聴くことができませんでした。

*****

トルファン(吐魯番):世界でも有数の低地であるトルファン盆地の中央部に位置する。古くはシルクロードの天山南路と天山北路を連絡する要衝地点として栄えた。 人口の約80%がウイグル族、残りが漢民族やその他の小民族からなる。清代にできた植民都市ウルムチと異なって、トルファンは砂漠のオアシスとして昔から栄えてきた町である。

huoyanshan02.jpg huoyanshan01.jpg

左の車窓に火焔山が見えてきました。立ち上る陽炎で山が燃え上がるように見えたところから付けられたこの山は、真夏には地表温度が70度以上になることもあるといいます。日本では西遊記に登場した事でも有名。

丁度正午になったころ、着いたところは『高昌故城』という城址遺跡。この時すでに私はTシャツ姿で車外に出ていました。本当に暖かい!
車から降りるやいなや子供たちの歓迎セレモニー。

children01.jpg

左右の眉毛を眉墨で繋げるように塗った伝統的化粧『オスマン』でおめかしした子供たち。装飾品を見せ『綺麗でしょ?○○元でどう?』などと言いながら私たちの後ろをついて来ます。それほどしつこくつきまとっては来ませんでしたが、この子たち学校はどうしているんでしょう?行ってないのかな?

観光入り口で料金を払い、ムニアさんの後ろをついて行くとロバ車に乗って移動することに。

lvche01.jpg

ロバ車は屋根付きの車に絨毯が敷かれていてお世辞にも座り心地が良いものではありません。しかも轍にハマり車体はグラグラ揺れます。
私は屋根を支える柱に摑まりながら振り落とされそうになるのを耐えていましたが、アニーは真ん中に座っているので私に摑まっています。これじゃ二人とも落っこちちゃうよ!そんな中でもカメラのシャッターを切る私。エライでしょ?

lvche02.jpg lvche03.jpg

6世紀初めの麹氏高昌国から高昌ウイグル帝国にかけての1000年の間、国都として繁栄期を迎えた城址遺跡。総面積200万平方メートル。玄奘三蔵がインドに仏典を求める途中、2ヶ月ほど滞在し1ヶ月にわたり説法を行なったことで有名。(ガイドブック要約)

gaocheng01.jpg gaocheng02.jpg
口元にバイクのチェーンをされたラクダたち(写真左)。アニーと係員のムニアさん(写真右)

乾燥気候のせいか建築物の損傷が激しくて当時の様子など想像できず「ふーん」といった感じで終わってしまったというのが正直なところでした。アニーも私も「ロバとラクダが可愛かったね」だって・・・頭の悪い夫婦です。。。

*****

腹減ったー!!北京標準時刻で行動しているとはいえ、食事はいつも新疆時刻、ようやく昼食に案内されたのはここでも2時を回ったころでした。旅行社提携先のイスラム料理店です。
ここでも別料金なので私たちと若夫婦は割り勘で一緒に食べようということになり、何でも食べる私は注文担当から外れることに。というかどんな料理か訊くこともできないので。

その時でした。いきなり店内に大音量の音楽とともに一人の踊り子が登場。

dancer01.jpg

うーん、綺麗だ。でもここはレストラン。そんなに踊ったら埃が立つでしょ?一人で踊って恥ずかしくない?などと考えているけどきちんとカメラは回しているんです。すでにすっかり新疆(の娘)にハマっている私でした。次の曲に変わると彼女は一目散に奥へ駆け込み、音楽を止めていました。
本当にあなた一人でやっているのね、ご苦労様。

羊肉を中心とした料理に舌鼓を打っている最中、アニーがこんなことを言い出しました。
「ムニアさんと運転手さんは無料、私たちは高い料金を支払って食べているのに・・・ムニアさんたちの料金も上乗せされているんだね」
確かにメニューに書かれていた料金は旅行客専用といった感じの結構な値段です。私はすかさず言葉を返しました。
「いやあ、あの踊り子の食費が含まれているんだよ」

(その2)につづく

投稿者 keidoh : 08:59 PM | コメント (0)

サイドバー