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February 26, 2005

東南アジアひとり旅~macan編~【終】

macanさんの~ひとり旅~も、いよいよ最終話に。

今回はシンガポールからの帰国。
旅の最終日にての空港内では、「帰国しなければ」という現実に直面して少々寂しいものがあります。

January 8,2005

[ チャンギ空港から さようなら]
今日はいよいよ飛行機に乗って帰る日だ。
ほんとに寒いホテルだった。少し胸がむかついている。下痢気味でもあった。まだ、咳は出ていないが、身体は少しだるい。
飛行機に乗るのだからこれ以上酷くならないことを祈るのみだ。

朝8時過ぎにチャイニーズの店に行く。煙草が無かったので安い適当な銘柄のものを買った。$8(約480円)とびっくりする高い値段。驚いた。
コーヒーとパンを買う。近くにいたおじさんから新聞を買って、ここで食事しながら身体を温める。
まだこの近辺を散歩していないし、写真も撮っていない。チェックアウトが12時なので暫くぶらぶらすることにした。

11時ごろホテルに戻り、マンディと荷物の支度をし、12時ごろチェックアウトしてチャンギ空港に向かう。
チャイナタウン駅からチャンギ空港までMRTで行くと$1.7(約120円)と安すぎる。
私が船でシンガポールに行く前日、バタムの親友が友達からタクシーで$20ぐらいかかると聞いていた。
MRTで十分。安いし、立って乗っている人は見かけない。シンガポールの交通機関はほんと便利だ。

空港駅のターミナル2に着いた。まだ十分過ぎるくらい時間があるので、空港を観察することにした。
先ずターミナル2のJALのカウンターをチェックしておく。だが、JALのカウンターがない。マレーシア航空やシンガポール航空・・・などはある。
建物の壁に他のAIRLINEは向こうと矢印で案内されている。
そうか、JALも世界レベルではそう大きくないからその他になっているのだろうと思った。その時はまだ時間に余裕があったので、まぁあとで確認すれば良いかと思った。 

とりあえず、ぐるりと周り本にある出国審査、税関やショップなどを確認する。
手荷物一時預りが本に記載されているので、大きなバッグを預けたいと思って探したが、それらしきカウンターがないように思えた。
やはり英語も勉強しておかないと、こんなとき都合が悪い。どこにあるとかも聞けやしない。

食事をした後、インターネットをしたいと思って探す。空港側はインターネットの設備を設置していないようだった。この空港も遅れている。
マクドナルドの店内に無料?と思われるのがあった。だが、2台故障と表示されていて、3台しか使えない。
若い連中がしきりに狙っていて使おうかなという気にならない。 

諦めて、外で煙草を一服したり、書店などを廻ったり、到着ロビーにも行ったりして時間潰しをしていると、偶然、壁にターミナル1の概要が書かれた表示を見つけた。
そこに、使用航空会社が書かれていて、JALもあった。
「ありゃ、こんな隅っこに小さく案内されたんじゃ、ぐるぐる周っていなかったら分からずに乗り損なうことってあるんじゃないのかい」と、
少し怒りと冷や汗がでたが、ほっとして、気持ちが楽になったのが感じられた。まあ英語がぺらぺらなら大したことないんだろうけど。帰ったら英語も勉強したいと思った。

2階のスカイトレイン駅からターミナル1に向かう。 ターミナル1に着いてさっそくJALのカウンターを探す。
ありました。ありました。大韓航空などもある。先ずターミナル1をぐるりと廻り、マネーチェンジャーで余ったシンガポールドルを日本円にチェンジする。
そして、ソファーで軽い食事をして時間をつぶし、今回の旅行の出来事を忘れないようメモを確認 したり、費用の確認などを行う。    

明日の交通費も含めた費用は、29日間で約27万円であり、約1万円/日の費用だ。これは今までの旅行と同じである。     

友達の飛行機やホテルなどの分は3.5万円。実質は2.8万円。残りは7千円はプレゼントした。プレゼントという表現はよくないかも知れない。
雑費分と言う方が合っているかも。車の修理代を一部負担したらしい。また、ジャカルタから自宅の往復運賃などを考慮した分である。
それで、私の使用分は23.5万円である。

内訳(正確でないが)は、

運賃 :11.0万円、交遊費:3.0万円、
ホテル:6.0万円、
食費:3.5万円、
ジャカルタの友達分:3、5万円
交遊費{小移動費、ツアー代、入場料、チップなど}

のような感じである。

19:00にどうやら搭乗手続きが出来るようである。カウンターの業務員は皆現地の人である。
私は日本語で、「もう出来ますか」と言うと、「イングリッシュ、イングリッシュ」と言う。日本語は出来ないらしい。
英語で「エイト、エイト、(8時)」と言っている。早くバックを預けて身軽になりたいが、あと1時間待たなければならなかった。

20:00を少し過ぎたので、JALのカウンターで搭乗手続きとバッグを預ける。やっと身軽になった。
これからどうする。
だが、少し待ちくたびれていて、暫くボーっとしていたが、出発までまだ時間があると思い込んでしまい、電車で遊びに行けると考えた。

最後にマレーの匂いを嗅いで帰りたいと思い、本を開いて探す。
マレー・ビレッジというところがあった。MRTのバヤ・レバ駅とユーノス駅の間、ゲラン・セライ・ビレッジにあると書いてある。
チャンギエアポートと同じEW線上にあるので、そんなに遠くはないようだ。

チャンギエアポート駅に行ってEW線の電車に乗る。私の横にマレー系らしき若い女性が落ち着かない様子で座った。
チャンギ空港に到着して、これから帰宅するように思えない。旅行者なのか、それともシンガポールからマレーシアへ帰国しょうとしてるのか。
とにかく現地の人ではないと思った。タナ・メラ駅という分岐点に着いた。ここで、パシール・リス方面とバヤ・レバ方面に別れる。

ドアが左右両方開いた。ちょっと戸惑った。この電車はどこへ行く。路線案内の駅番号からバヤ・レバ方面かなと思った。
でも、左右にプラットホームがあり、電車待ちしている人がいる。この電車は止まっており、乗客は少なくなっている。
暫くして隣りの女性と私は顔を見合わせた。でも、お互い言葉を掛けるわけでもない。
     
その内、隣りの女性がふっと電車から降りて、駅員に何か聞いて、また戻ってきた。
私も2分ぐらい後に電車を降りて、バヤ・レバ行きに乗る電車の確認をしに駅員のところに行く だが、駅員は他の客と長々話をしていて聞くチャンスがこない。
もう電車が発車しそうな雰囲気なので、ドアの近くに戻りかけたところでドアが閉まり発車した。 
電車の中の乗客は私を見ていたらしく、「あ、あぁ~っ」という声が聞こえた。

飛行機の出発は23:00である。ちょっと気になり時計をみると、21時を少し過ぎていた。あと1時間ちょっとは遊べるかも知れない。
でも、どんな事件が待ち受けているかも知れない。ギリギリの行動は危険と思い引返すことにした。残念、マレー・ビレッジに行きたかったが。
でも、旅は次に来るときの楽しみを残しておくのも良い。また、私は忘れっぽい。語学の勉強においては大きなマイナスではあるが、同じところに何度行っても新鮮な目で見られるのがうれしい。

帰りの電車の中で、さっきの電車はチャンギ空港の方に戻って行ったから、あの女性はどうしただろうと気になった。
あの時、声をかければよかったかも知れないと思った。さて、チャンギ空港に戻ってきた。さっそく出国手続きをしてゲートへ向う。 
飛行機が飛び立つとき、

マレーシアの友達、パダンの友達、ブカシーの友達、そして、バタムの親友に、

”さようなら”

の電波を送った。




旅の最終日、「まだ帰りたくない!」と思い、ついつい空港へ行くのが遅くなりがちな自分(maru)。

一番あせったのが2回目の海外旅行(初のひとり旅)で、離陸まで1時間を切っているときに空港へ。

出国審査のゲートにはすでに鎖がかかっており、係員からは「今日はもう出国できないから、明日来てください」。と言われ・・・。

普通ならここで焦るのだろうが、そのとき自分は、「もう1日、滞在できてラッキー!!」と喜んでいました。
再びチケットを購入する代金などのことも考えずに(笑)。

自分が何回かインドネシア旅行を続けながら、図書館でインドネシア関連の本を漁っていたときに出会った本、【インドネシア 全27州の旅】というのがあるのだが、本の内容はもちろん、筆者の小松邦康氏のプロフィールや経歴に興味がわいたので、早速、本の感想や、本の記事の中で、自分も好きなインドネシアのタレント(インドネシアのトップタレント)とも交流があるようなので、その事に触れても書いたファンレターを送ってみた。

後日、自宅のポストにはエアーメールが。
差出人は「小松邦安」。


以後、数回彼と手紙の交換をしていた。
当然、自分の好きなタレントについても書かれてあり、タレントの実家の住所まで書いてあったのでこれまたファンレターを書いてみた。
が、彼女からの返事は来ずじまい(笑)。

小松氏は学生時代から国内、海外を旅行。
インテリアメーカーに在職中、退職してインドネシアでの生活を始め、その後、バスや鉄道、船などを利用しつつインドネシアの全州を制覇したのである。

現在もインドネシア関連の書庫などを刊行中。

その中で、旅をしていて実感できる自分の旅に対する思いと一致した文があったので転載。

都会で働き、狭い家で暮らすのが幸せだろうか? 会社は国は発展したけれど、日本人は幸せになっただろうか?

インドネシアでも最近、急激な発展で成金が増えている。そして日本人と同じで、お金を持つともっと欲しくなる。

お金は幸せになるためにある。でもお金があっても幸せにはならない。
働いたお金で何をするかではなく、働くのが目的になっている人もいる。

旅の途中、私のように一日中海を見ている人がいる。
文明人は彼らのことを「ひまだなァ」と軽蔑するかもしれないが、私は海を見ている人の気持ちが分かる。

娯楽なんだ。羨ましい。

ボケーとするのは、日本人には罪悪感のするものになってしまったけれど、ボケーとするのは幸せだ。
ボケーと出来るのは食っていけるから。豊かな証拠。
食えなければ何とかするだろう。

お金持ちになったとはいえ、ボケーとする時間さえない日本人は、ほんとうに”豊か”と言えるのだろうか?

私の好きな場所の一つでもあるインドネシアの市場では、同業者同士が隣合って店を並べ、仲良く喋っている。
儲けようと思ったら離れたところで店を出し、高く売ればいいのに、そのような考えはない。

そして一日経てばどちらも同じくらいの身入りになり、笑いあって帰っていく。

お金より気持ちの満足が大切だと、彼らは教えてくれている。

小松邦康著【楽園紀行】
コラム「一日中海を見ていた」より一部抜粋

約一ヶ月に及ぶ長い旅、途中(津波)などの事故で安否が気遣われましたが、何事も無かったようで何よりです。

~ひとり旅~も、実際に旅の出来事が目に浮かぶようで編集していて楽しかったです。

文の執筆や画像の編集等、この啓道館に掲載するにあたって、スタッフ一同、macanさんにお礼申し上げます。本当にお疲れ様でした。

また長期の旅を予定されていたら、【お土産話】を楽しみにしています! [maru]

投稿者 maru : 06:01 PM | コメント (1)

February 12, 2005

東南アジアひとり旅~macan編~【3】

旅の序盤から、出会いあり、トラブルあり、と(ひとり旅)の醍醐味を見せてくれているmacan紀行。

今回はいよいよ「国境越え」が待ち構えています。

December18,2004

[ 再会 ]
朝ホテル前をぶらぶらしてると、おばさんが声を掛けてきた。まただ。

「妹が日本の近畿大学に今度行くので...」。

どうかしてるこの町。少しだけ遊んであげて、そうそうにおさらばした。 

今日、土曜日は友達は休みである。昨日電話で朝9:00にホテルに来てくれることになっていた。
でも、11:00になっても来ない。電話が通じない。彼女達もマレーシア人じゃない。インドネシアのパダン人である。
きっと、ホテルが分からないのだと思い、私はチェックアウトして、近くの電車のブキット・ビンタン駅に行くことにした。

12:00に再度携帯に電話したらやっと通じた。電波が弱いので、駅で待っているとだけ告げる。すると10分ぐらいで会うことができた。
二人はすっかりイスラムの格好で、以前見た友達と違うような。この格好では、ちょっと遊ぼうよって感じにならない。
でもイスラムの格好の方が妙に色っぽく(大人っぽく)感じる。
私達はとりあえず伊勢丹(現地発音はイスタン)で食事してから、マレーシアで有名なツインビルに行った。

明日はどうしょうか?本当は今日3人で一泊旅行したかったが、旅行本もないし、もう時間もないので、明日は観光バスで市内を回ることにした。
彼女達も仕事ばかりしているので、市内はほとんど知らないとのことだった。
泊まるところは、彼女達の住んでいるクランという町に決めた。この町の日本企業で、彼女はTVやビデオなどの組み立てをしているらしい。

ホテルは少ない。ロスメンがあるのかどうか、彼女達も分からない。選択の余地がなかった。
一泊75RM(約2600円)のホテルにする。ツインベットで部屋は広いし、ACにTVもある。一人で泊まるのは贅沢すぎる。




”例”のグループ、いたる所に居るのですね。
私もなんちゃってインドネシア語を駆使しつつ遭遇して、ちゃっかりご馳走とかになりたいです(笑) [maru]

December19,2004

[ クアラルンプール観光 ]
約束の朝10:00をちょっと過ぎたけど、二人は来た。今度はバスで行く。バスの方が早く着くらしい。
本当かな?と思ったたが、言う通り早かったし、運賃も格段に安かった。
昨日クランに帰る時は、モノレールと電車で約450円/3人使ったけど、バスは約100円/3人かな?もっと安かったかもしれない。

市内観光は13:30出発のはずが、送れて14:30になった。
大きな観光バスかなと思っていたら、なんとインドネシアのアンコタとそう変わらない。ちょっと綺麗というだけのもの。
4時間観光で、50RM(約1750円/一人)。乗客は10名、インド人4名、友達のインドネシア人2名、中国人3名、そして私日本人。
この観光ツアーで、ツインビルを背景に写真を撮る絶好の場所に案内されたのが一番良かった。タワーにも行った。
ここもまあまあ。東京タワーと同じで、一度は行くべきところ。


ツインビルとパダンの友達


モスクのシンボル、”虎と米”

実は車で眺めていて見覚えのある風景だと思ったら、昨日彷徨って、このタワーの近くを通っていたのだった。
このツアーでは、中国人のお母さんが一人、やけに英語ぺらぺらで運転手に質問していた。ツアーは6時ぐらいに終了。

その後、明日のシンガポール行きバスか列車のチケットを購入しに行く。バスチケット売り場はツインビルから少し遠くにありタクシーで行く。
その敷地にはずら~っと沢山の窓口があり、いろんな会社がひしめき合っている。
だがどの窓口に行っても、シンガポール行きは全部売り切れだった。凄いと感心する。
ここからクアラルンプール駅までバスで行くようだ。そのバス停に着いて5分ぐらいしてから、私のすぐ後ろで喧嘩が始まった。

友達の呼び声で私は気付いて、彼女達の方に避難した。どうもスリがばれ、騒がれたのでスリ団が逆に殴り掛かっているように思えた。
クアラルンプールは怖い。いろんな人種が入り乱れていて落ち着かない。
結局、バスはやめてタクシーで鉄道駅に行くことにした。

8:30出発のクレタアピ エクスプレスを無事購入。約6時間の乗車と聞いた。また、電車でクランに戻る。

滞在先での移動手段、短い日数でのツアーなら時間が勿体無いので、(時間を買う)感覚で、現地の国内線を利用したりしますが、長期の旅行の場合、現地での色んな交通機関を利用するのも旅の面白さ、だと思います。
日本より快適とはいえなくても値段の安いタクシーや電車、乗り合いバス。普段日本では体験できないバイクタクシーや三輪車、馬車・・・。
あぁ、書いてて旅したくなってきます(笑) [maru]

December20,2004

[ 汽車でシンガポールへ 船でバタムへ ]
4:30に起床して一時間ほどホテル周辺を探検する。ここは、インド系も結構いる。もちろん中国系も多い。
6:30にチェックアウトの時、30RMの携帯電話用カードをくれた。えらくサービスが良い。

友達は休暇を取って私をクアラルンプールまで見送りしてくれる。嬉しい。駅では、ちょっとおろおろしてしまった。改札口が分からない。
しばらくうろうろしてから、友達が駅員や周りの人に聞いて回る。それらしきところに来て、また聞いた。
日本のようにプラットホームに行くのでなく、改札(書いてない)前の広場で待ち、列車がきたら合図があって入るのだ。分かり難い。私一人じゃ乗れなかっただろう。

列車はエクスプレスと言いながら古い。運賃は約1200円と安いけど。15:15にジョホーバルに着く。
(降りてイミグレに行くのかどうか?)不安だった。ほとんど降りない。本には降りてイミグレしてとか書いてあったと思う。
近くを通った駅員に切符を見せ、降りる必要があるか聞くと、車内に居ろというジェスチャー。

暫くして、車内でのイミグレが始まった。このとき、私は出国用紙を持っていなかった(理由は不明)ため、ちょっと長引いた。
職員は「後でくれ」、と言ってたようで、立ち去った。
隣の若い中国人夫婦の男性が、私に適当に書いて渡せとジャスチャーする。
私が「必要ないと思う(マレー語で?)」、とぶつぶつ言ってると、男性は職員のところ行って話し助けてくれた。なぜか中国人優しい。

16:25に列車が動く。17:15にシンガポールへの入国イミグレが終了。シンガポール駅に到着。
駅は小さい。タクシー乗り場も小さい。30分は待っただろうか? やっとタクシーに乗れる番がきた。
運転手にハーバーフロントセンターと告げるが、首をかしげる。通じていない。そこで英語で「バタムに行きたい。船。」と告げる。
分かってくれた。タクシーで降りたところは大きな荷物を船に載せるための手続きするところであった。
タクシー運賃3ドル(約180円)は安すぎる。メータを使っていて安心して乗れた。

ここで、ちょっとうろうろして、インドネシア人らしき中年女性がいたので聞く。チケット購入はここでなく向こうのビルと教えてくれた。
ビル内でまた聞く。2階だと教えてくれた。2階にエスカレータで上がると、窓口が沢山あった。
バタムまで約1200円。嬉しい船旅がこれでOK。この時バタム側の到着港は頭に無かった。

チケットを買ってから、どこで乗るのか?不安であった。人が沢山いたが、まさか、この2階に改札口があるとは思っていなかったので、先のタクシーで降りたところに行く。
でもやはり違うように思う。人が少なすぎる。また、2階に戻る。皆が動き出したので一緒に付いて行ったが、これで良かった。

バタムに向け出発する。船上でタバコを吸いながらシンガポールを眺める。
もうあと40分ぐらいでバタムだ。一年ぶりの親友との再会だ。どう成長しているか楽しみだ。
20:30(19:50発)にバタムセンターと言う港に着いた。バタムに沢山の港がある。
このバタムセンターは最近出来た港で、バタムの中心ナゴヤに近い。本では、北部のセクパンが記載されているが、今はここが主要港なのだろう。
今回、偶然到着港がバタムセンターになっていて助かった。(友達がここで待っていたから)

インドネシア入国イミグレでは、ビザ代2500円を払うことになっている。ここで、US50$を払うが拒否された。
アメリカ嫌いなのか、偽札の関係か?。番号を指してダメのジェスチャー。それで、ルピアはOKか聞くとOKの返事。
大きなバッグを開いて、ルピアの入った財布を捜していると、シンガポールドル50$でも良いと言う。良かった。またシンガポールに行くので、余分に150$持っていた。

イミグレが終わって出口に行くと、懐かしい親友が仕事仲間と一緒に待っていてくれた。これからタクシーに乗って、ホテルを探す。
タクシーは港で拾うと高いので、ちょっと歩いて大通りで拾う。タクシー料金は交渉で決める。それでも、シンガポールのタクシーの方が安いように思った。 

友達もバタムに来て1年足らずで、ホテルは分からない。運転手に1000円~1500円ぐらいのホテルを案内してもらった。
最初に入ったクンドゥルという名のホテルは、友達の仕事場に近いところにある。
1日目10万ルピア(約1300円)。内2万ルピアはタクシーの案内手数料。2日目以降 8万ルピア(約1100円)。
ホテルの部屋を見てビックリ!この安い料金でTV、AC、ホットシャワーもあり、綺麗。ここに決めた。
オーナーは中国系。ホテル名が覚え難いけど我慢できる。荷物をホテルに置いて、3人で食事に出る。ホテルの周りに沢山の店があり、便利な場所である。


安くて綺麗なホテル”クンドゥル”

いよいよ「国境越え」ですね。
自分は飛行機でしか「国境越え」をしたことがないので、陸路での「国境越え」をいつかは体験してみたいです。
国境の場所、実際には線が1本引かれていて、その線を境に分かれてる、では無くて、お互いの国境からある程度の”無国境地帯”というのがあるようですね。(徒歩で国境を越えるようなところ)
自分としては線の上をまたいで、「自分の右半身は某国、左半身は某国~!」なんてやってみたいものですが(笑)
・・・でもこの場合、どっちかの身体半身が事故や事件などに巻き込まれた場合、どっちの国の法に従うのだろうか・・・と馬鹿なことを考えたりしてみる(汗) [maru]

投稿者 maru : 01:26 PM | コメント (1)

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