October 16, 2006
大連旅行 最終回 飽満感で日は暮れて編
とても気になる“休息厅”だったのだが、しかしそこで一歩踏み出す勇気が僕にはないのだった。はい、私は小心者です。
小心者&長湯が出来ない僕は早々にサウナを出て4階の休憩所に行くことにした。
ロッカールームで自分の服を着た僕は従業員のお兄ちゃんに“いいお湯だったぜ”とアイコンタクトを取りながらサウナを出た。
エレベーターに乗り込み4階のボタンを押す。が、動き出さない。
壊れとるんか?と思い別のエレベーターに乗り換えて4階のボタンを押すがやはり同じだった。動く気配すらない。
とりあえず1階のボタンを押してみると、するすると動き出して1階に到着。ちゃんと動くじゃないか。あらためて4階のボタンを押してみたが予想通り動かない。
このエレベーター、もしかしてあのメーカー製?と思ったがそうではないようだ。
試しに3階を押してみると動いた。3階に到着して扉が開くとそこは女性用のサウナ。いかんいかん、これでは変質者じゃないか。慌てて2階に戻る。
2階の従業員に4階へ行きたいことを伝えると、「韓国人か?」と聞かれたので日本人だと答えると再びロッカールームに案内された。
素っ裸にサンダル履きの姿に戻り、従業員のお兄ちゃんの後に付いていくと行き先はあの“休息厅”ではないか。
入口の所でパジャマの様な館内着を渡されたのですばやく身に着け、期待と不安に胸を膨らませつつお兄ちゃんに続いて休息厅の中へ。
休息厅の中では予想通り妖しげなお姉さんたちが手招きしながら待ち構えていた・・・なんてことはなく、ただのエレベーターホールだった。4階に行けるのはここのエレベーターだけだったのだ。
従業員のお兄ちゃんは4階まで僕を案内してくれると、颯爽とまた2階へと戻って行った。こいつら従業員同士でダベッてばかりで仕事してないじゃねえか、と思っていたのだがとても親切な人たちだったのだなあ。
とりあえず休憩所の中を見て廻ったが、やはり先生の姿は無かった。先生は発見できなかったがその代わり案内表示に按摩の文字を発見してしまった。やっぱりあったのね。
マッサージは休憩所の一角を利用して、タイトなスーツに身を包んだお姉さん達によって行われていた。お姉さんたちを写真でお見せできないのが残念!
誘われたらどうしよう、断る自信ないよな、とドキドキしていたのだがそんな心配は無用だった。お姉さん達の方からマッサージいかがですか?と言ってくることはなかった。
しかし家族連れの利用客を多く見かけたが、こんな刺激的な格好をしたお姉さんたちがいるところに子供を連れて来ていいのか?たぶんいいのだろう。
おとなしく待っているとようやく先生がやってきた。
少し休んだ後、サウナを出て労働公園に行ってみることにした。
本当は人民広場に行ってみたかったのだが、そのワケを知られてしまうと先生に口をきいてくもらえなくなりそうなのでやめておいた。
だって口をきいてくれない先生から中国語を教わるのはとても大変だと思うのでね。
ガイドブックによれば、どうも大連のほとんどの婦人警察官さんたちはモデル学校の出身でしかも美人ぞろいであるらしいのだ。そして人民広場前で交通整理を行っているのは婦人警察官だというではないか。行ってみたいではありませんか。
何処に行きたい?と先生から聞かれたとき、婦人警察官を見に行きたいです!とはさすがに言えませんでした・・・。
労働公園では金魚の釣堀(釣堀といっても水路の一部を仕切って利用していた)があったり、陶磁器の市場があったり、池の周りで歌を歌ったり、大連市民がそれぞれ思い思いに過ごしていた。

大連はサッカーが盛んらしく、モニュメント好きな(たぶん)大連の人たちがサッカーボールを見逃すはずは無かった。やはりありました、大きなサッカーボールのモニュメント。

お昼ご飯を食べてもう数時間たつが一向にお腹は空かない。というか苦しい。あまりに美味しかったので食べすぎてしまった。
とっても広い公園内を散策して少しでもお腹を空かす作戦に出たのだが、結局あまり効果は無かった。
お腹は空かないが夕食の時間はすぐにやってきた。
テーブルの上にはとても美味しそうな料理がずらりと並んでいるのだが、食べる前から腹いっぱいだ。せっかく先生のお母さんが勧めてくれるのだが申し訳ないことにあまり食べられなかった。
中国の人は客人をもてなす気持ちが半端ではないので、もしかしたら僕が料理に満足していないと思われたかもしれない。料理が出される度に僕の笑顔が引きつっていただろうから。
みなさんも中国の友人の家を訪ねるときは、事前に胃腸を鍛えられることをお勧めします。
3泊4日の大連の旅はあっという間に過ぎていった。
日曜日の朝7時、先生をはじめお母さんや叔母さん、そしてハンさんがホテルにやってきた。僕を空港まで見送ってくれるためだ。
大連空港から出国する際には搭乗手続きの前に税関審査があるため、見送りの人たちとは空港入口で別れなければいけない。
日曜日の早朝から集まってくれて、これまで受けた歓待のことを思うと胸が熱くなってくる。
1年前の10月に上海でも感じたことだが、この国の人たちの人情は本当に熱いと思う。もちろん、他人のことなんかお構いなしという一面もあったりするのだろうが。
搭乗手続きを済ませて出国審査カウンターの手前で出国カードに記入をしているとき、なんと搭乗券をどこかに落としてしまったことに気が付いた。
一瞬で頭の中がブラックアウト状態に。
どうなっちゃうのオレ。もしかして帰国できないの?うん、それはそれで嬉しいかも・・・いや、やっぱりそうも言っていられない。
チェックインカウンターから自分が辿ったと思われるルートを探してみたがチケットは見付らない。
先生はもう帰っちゃっただろうし、どうしよう。チケット落としましたって係員に説明できるかなぁ?
冷や汗を流しながらうろたえている僕の目に清掃作業員のオジさんが飛び込んできた。そのオジさんが手にヒラヒラさせているのは間違いなく航空券ではないか!
天は我を見放さなかったのである。そのオジさんの背中からは、確かに後光が射していた。
今度またこの地を訪れるのはいつになるのだろうか。その日に思いを馳せつつ、僕は中国国際航空951便への搭乗の列に並ぶのだった。
おわり
投稿者 KENN : 01:51 PM | コメント (3)
October 10, 2006
大連旅行 その6 地上のロバ編
大連3日目、午前中はハンさんが運転する車で海までドライブ。
大連南部に広がる海岸線一帯は大连南部海滨风景区と呼ばれる景勝地となっていて、いくつもの観光スポットがあるのだが今回はその中の东海公园というところに出かけた。
その公園に向う途中、崖の斜面に海洋生物のオブジェが並ぶ道路を通ったのだが、このオブジェ、サメやイカ、カニやナマコに海草そしてクラゲなどちょっと微妙な生き物ばかり。

う~む、ちょっと人民のツボが分からなくなった。
公園の東端に行くと海之韵広場という広場があって、ここにもいろんなオブジェがあった。

難破船、オランダ風の風車(?)、ブロンズ製の人々、そしてなぜか巨大亀。でもみんな亀の甲羅に乗っかったり結婚式の写真を撮ったり、楽しそうだからこれでいいのだ。
広場で憩う人々や海の向こうの開発区などを眺めたりして东海公园を満喫(?)した後、次は棒棰岛风景区を目指してまたドライブだ。
そこには政府要人の避暑地として有名な“棒棰島宾馆”があり、海水浴場やゴルフ場なども有したリゾート施設となっているが、残念ながら一般人は許可が無いと入れない。
中に入って写真でも撮って来ようと思ったが、入口の門に常駐している警備員に止められてしまった。
海岸線を走る道は滨海路というのだが、景色も良いので良いドライブコースになっている。歩いている人も沢山いてハイキングコースでもあるようだ。
結婚式の写真撮影をしているカップルも多く見かけた。断崖絶壁の所では風邪も強く、新婦はドレスを着ているので歩くのが大変そうだ。
翌日に僕は帰国してしまうからと、お昼ご飯は叔母さんがご馳走してくれることになった。
『天には龍、地にはロバ』と言うくらいロバの肉は美味しいらしく、そのロバ肉料理を食べさせてくれるお店はなんと宿泊しているホテルの向かいにあった。
そのお店は地元の人しか来ないような日本で言うと小さな定食屋さんといったところだ。
ビールで乾杯してしばらくすると、お肉料理のお皿が出てきた。おお、これがロバ肉か。
焼肉のようでなかなか美味しい。「うん、なるほどロバ肉ってウマイです叔母さん!」と言ったところ、それは牛肉だった。
次に出てきた料理こそまさしくロバの肉だった。なんとなく見た目はホルモン焼きのような感じ。でもこれがものすごく美味しいのだ!!!

肉料理以外にも茄子炒めとか魚のから揚げとか、本当にいっぱい食べました。
もう食べられません、お腹いっぱいです、ゴメンなさい!といったところに小籠包の蒸籠が・・・。
でもロバ肉は美味しかったです。また食べたい料理の一つですね。
お腹もいっぱいになった所でさて次はどうしようかと皆で相談。特にこの後の予定は決まっていなかったのだ。
相談の結果、サウナに行くことになったのだが、先生から「サウナで女の人からマッサージとか誘われても絶対に付いて行ったらダメだよ!」ときつく申し渡された。
え~マジっすかぁ、そんなところに行くのぉ?と、不安と期待を抱きつつ、タクシーで向って着いたところはホテルのような所だった。ドアマンがタクシーのドアを開けてくれる。
1階のフロントで受付を済ませて、階段を上って2階の男性用サウナに。
親切な先生が従業員のお兄さんに「この人は日本人で中国語が出来ないから、マッサージとかのサービスは不要なので、そういう人を近づかせないように!」と注意してくれました。ありがとう!
サウナの後は4階の休憩所で落ち合うことにして、「じゃあまたあとでね」と先生はエレベーターで3階の女性用サウナに行ってしまった。
残された僕を従業員のお兄さんがロッカーに案内してくれたのはいいが、ずっと僕の後ろに立っている。なんだか脱ぎにくいなぁと思いつつ素っ裸になると、「付いて来な!」とお兄さんが僕をサウナに先導する。
お兄さんの後ろに付いていく僕は素っ裸で身に着けているものといえば足元のサンダルだけ、という姿でなんとも落ち着かない。
しかしなんだか間抜けな姿だと思いませんか?なぜ全裸にサンダル?でもそういうシステムなのだから仕方が無いのだ。
サウナの中には『アツアツのお湯』、『ちょうど良い加減の湯』、『ぬるめの湯』の三つの浴槽があってかなり広いのだ。その他にちゃんとサウナもある。
みんな素っ裸のサンダル履きで歩いていたりする。
そしてやはりマッサージ台があって、マッサージを受けている人もいた。
しかし、マッサージをしてくれるのはお姉さんではなくてオジさんだった。ちょっぴりホッとしたようなガッカリしたような・・・。
マッサージ台で寝ているお客は、当然だが素っ裸でマッサージを受けている。大事なところをタオルで隠したり・・・なんてことはしないのである。うつ伏せならまだいいが、仰向けはちょっと嫌だなぁ。
そういえばずっと気になっていたのだがなぜか従業員の数が多い。
浴場内にもロッカールームにも10人くらいの従業員のお兄ちゃんがいて客をロッカーに案内したりタオルを渡したりしているが、こんなにたくさん必要なのだろうか?
そちらはきちんと服を着ているがこちらは丸裸なのだ。なんとも分が悪いではないか。
やはり女性サウナの方も同じなのだろうか?などと妄想してしまった。こんな無防備な状態での妄想はとても危険なので、急いで違うことを考えた。
『アツアツのお湯』に浸かって極楽気分で浴場の中を見渡してみると、さきほど僕が入ってきた出入口の反対側に別の出入口がある。
そしてその手前でお客さんが次々とパジャマみたいな館内着に着替えて、その出入口の向こう側に消えていくではないか。
あやしい・・・。
その出入口には“休息厅”と表示がある。なんだかわからないがアヤシイ。きっとあの向こうにはあやしいお姉さんたちが待ち構えているに違いない。
さて、どうしたものか。
つづく・・・
投稿者 KENN : 06:30 PM | コメント (4)
October 01, 2006
大連旅行 その5 満腹水餃子編
昼食はアサリ入りのニラ玉や昆布の煮物などとお粥を食べた。お粥を食べるのは久しぶりだがとても美味しい。お粥の上に昆布をのせて食べると昆布の旨みが染み出て更に美味しいのだ。
24時間営業のお粥の専門店があって3月に来たときにそこでお粥を食べて以来、僕はお粥党の人間になってしまった。
お粥のお店は中国では一般的であるようだが日本ではあまり見かけないなあ、と残念に思っていた。
そんなある日のこと、monpan局長、やまさん、旅歌さん、僕の4人が集まって横浜で一夜を飲み明かした翌朝、中華街のお粥のお店に連れて行ってもらった。アルコールで疲れた胃にお粥は優しく労るように語りかけてくる。そのお粥のお店にはもう一度、やはりmonpan局長と飲み明かした翌朝お世話になっている。
昼食の後、先生とお母さんは買い物に出掛けるというので僕もお供をすることにした。
大連の中心街にあるこのスーパーマーケットはとてつもなく広い。しかも平日の午後であるにもかかわらず買い物客の数が半端ではない。さすが13億人もいるだけのことはあるなあと痛感。
うっかり二人を見失って迷子になっては大変なので、ショッピングカートを押しながら必死に二人の後に続いた。
食料品売り場には果物や野菜、穀物類などの食材がまさにその言葉通り山のように積み上げられている。見たことも無い魚や生きた亀まで売っていてけっこう面白いのだ。
ちょうどその時期であったようで、中国っぽく赤い飾り付けのワゴンで月餅が売られていた。様々な種類の月餅があってメーカー毎に分かれているのか、月餅のワゴンは10台くらい並んでいた。
値段も様々で、200元~300元のものから900元以上するものもある。1個1元のばら売りもあった。値段も気になるところではあるけれど、ワゴンの横にいる販売員のお姉さんも気になった。だって旗袍を着ているんだもん。あのスリットがね・・・。
買い物で疲れてしまったので、家に戻る前にマッサージのお店に寄り道することにした。
僕と先生は全身マッサージを受けることにしたが、お母さんは先に帰って夕食の支度をするからと足マッサージだけを注文。
漢方薬入り(たぶん・・・)のお湯に足を浸けて待っているとマッサージの準備が出来たようだ。パジャマみたいな服に着替えてマッサージ台に横になると現れたのはなんと大連ハニー、なんてことはもちろん無く、若いお兄さんだった。正しいマッサージ店なのだ。
先生やお母さんはマッサージ師と楽しそうに会話をしている。先生から「そのお兄さんと何でもいいから会話しなさい」と指令が出たのだが、僕は「あ痛ッ・・・」と言うことしか出来ないのだった。
「話せないのはきっと先生の教え方が良く無いからだね、わはは」とマッサージのお兄さんから言われたらしい。不肖の教え子で誠に申し訳ないです・・・。
僕は腰と背骨が良く無いらしく、ちゃんと治してやるから通いなさいと言われてしまった。しかし明後日は帰国しないといけないからと丁重にお断りした。
背中は特に肩甲骨の所をかなり重点的にゴリゴリとやられてしまったのでしばらく痛みが取れなかったが、体は軽くなった気がする。それに数日前に筋を痛めて横を向けなかった首が、マッサージ後は難なく曲がるようになったからさすがなものだ。
家に戻ると「你好!朋友」とハンさんが迎え入れてくれた。友達と言ってくれたことがとても嬉しい。僕が3月に来たときに車で大連の街をいろいろ案内してくれた人なのだ。
ちょうど餃子を包む作業が終わったところだった。僕も餃子作りに挑戦したいと思っていたのでちょっと残念。
大勢での楽しい食事の時間が始まり、テーブルの上には沢山の料理が次々と並べられていく。特に餃子は大皿に山盛りなのだ。餃子はやはり水餃子でその具は4種類くらいあったと思う。なかでもセロリ入りの水餃子がすごく美味しかった!
本場の餃子は皮が厚く、すぐにお腹がいっぱいになってしまった。沢山食べてくださいねと勧められるのだが、食べきれないくらいの量だ。せっかく作ってくれたのに本当にお腹いっぱいで残してしまった。
楽しかった食事の後、水族館に連れて行ってくれたおじさんがホテルまで送ってくれた。
おじさんと二人でホテルまで戻る途中、なんとか感謝の気持ちを伝えたいと思って話しかけた。しかし後で先生から聞いたのだが、おじさんは僕が何を言っていたのか良く分からなかったらしい。う~む。
なんとなく気持ちは伝わったらしいのだが、でもやはりちゃんと言葉で伝えたかった。
うまく中国語を話すことができず自分の不甲斐無さに浸って戻ってきた僕を、フロントのお兄さんとお姉さんは優しい笑顔で迎えてくれる。
「我回来了~」と心の中でささやく僕だった。
投稿者 KENN : 09:44 PM | コメント (2)
September 26, 2006
大連旅行 その4 人脈って大事だね編
朝、目が覚めたらとりあえずトイレに。
昨夜シャワーを浴びた時にびしょ濡れになった洗面所の床はほとんどきれいに乾いていた。洗面台の横に洋式便器が鎮座しており、便器の横の壁にシャワーが取り付けてある。
バスタブは無いがシャワーがあるのでとりあえず汗は流せるのだが、シャワーとトイレの間に仕切るものが無いので、シャワーを浴びるとそこらじゅう水浸しだ。
でも自分の体を洗いながら便器の汚れも落とすことができて便利。ただ、うっかりすると備え付けのトイレットペーパーがグショグショで使い物にならない・・・なんて事態になってしまうので細心の注意が必要なのだ。
まだ朝の6時半過ぎだが窓の外を見ると沢山の人が通りを歩いている。出勤する人、通学する人、ジャージ姿は中学生のようだ。中国の人々の朝は早い。
昨夜お母さんに買ってもらったビスケットを食べながら窓の外を眺めていたが、迎えが来るまで少し時間があるので朝の散歩に出かけることにした。
ホテルを出て表通りに出てみると、道路の片隅でドラム缶を縦に半分に切ったようなでっかい鍋でおばさんが油条(揚げパン)を揚げていた。商売繁盛なようで、お客さんが次々とやってくる。中国のどこに行っても見られる風景ですね。
そんな朝の風景とか写真に残しておけば良かったなあと今になって思うのだが、なぜか今回は写真をあまり撮ることができなかった。というか撮らなかった。ちょっと後悔。
ホテルの前の坂道を下ればすぐに大通りの解放路だ。左に行けば大連市街、右に進めば海に出る。実はこのとき僕は勘違いしていて、海の方向に星海公園があるものと思っていた。
前回3月に来た時にも星海公園に行った(連れて行って貰った)のだが、公園近くの路上でまるでアジの開きでも干しているかの様に水着を並べて売っているおじさんがいた。

3月に撮影したもの
まだ寒い3月に水着なんか買う人がいるのか?僕が心配しても仕方が無いのだが、商売になるのかちょっと疑問だった。
あのおじさんがまだそこで水着を売っているかどうか気になったので、とりあえず海の方へ行ってみることにした。というのは嘘で、ただなんとなく海を目指した。
かなり歩いたがまだ海は見えてこない。
とりあえず8時になったら引き返そう、と決めて解放路をずんずん歩いて行くと、この辺りの地図が描いてある看板を見つけた。
星海公園に向っているものと思っていたのだが、実は老虎灘公園に向って道は続いているのだった。時間を確認するともうすぐ8時。なぜか少しホッとしつつ引き返すことにした。
陽気のせいかホテルに戻るとシャツが汗で濡れていた(運動不足のせい?)。
お迎えの時間まであと15分ほどになったので、ロビーで待つことにした。ロビーといっても小さなホテルなので10人も人が入ればギュウギュウ詰めの広さだ。
ロビーに下りていくと、フロントのお姉さんが「你好」と声を掛けてくれる。小さなホテルで設備もそれなりだがフロントのお兄さんお姉さんや掃除係りのおばさんまで、いつも笑顔で声を掛けてくれるのでとても気分が良い。
椅子に腰掛けて旅行案内の看板などを見ながら先生が来るのを待っていると、フロントのお姉さんが僕に声を掛けてきた。
「どなたかをお待ちですか?」と言っているようだ。たぶん・・・。
ええ、ここで友達を待っているのです、ありがとう。と本当はカッコ良く答えたかったのだが、頭の中でグルグルとデタラメな中国語が渦巻くばかり。
「ええとぉ、あのぉ・・・」と怪しく引きつった笑顔で焦っていると言葉が出来ないのだと察してくれたのか、とにかくそれ以上は追求されることは無かった。
あぁ、コミュニケーションが取れないということはなんと残念なこと!
昨夜の宴会の時に会ったおじさんと先生の二人が迎えにきてくれた。タクシーで10分ほど走ると目的地の老虎灘公園に到着。今朝は目的を達せ無かったが、車だとすぐの距離だ。
老虎灘湾の入り江の両岸一帯が公園になっていて水族館や広場がある。水族館があるエリアに入るには入場料が必要なのだが、おじさんが一緒に付いて来た訳がここで分かった。
この公園内でおじさんの知り合いが働いていて、タダで中に入れて貰えるらしいのだ。
湾内遊覧のモーターボートに乗せて貰い、対岸の水族館エリアに上陸。
不法入場であるから当然船着場などではなく直接砂浜からの上陸なのだ。
すぐに係員が飛んで来て拘束、連行・・・という事態は幸いにも起こらず、おじさんの知り合いと思われる人がやって来た。おじさんはこの男性に新聞紙で包んだ小箱を手渡している。今回の御礼はタバコ3箱だったようだ。
これからアシカ(アザラシ?)のショーを見せてくれるらしい。
ショーが行われる劇場に行ってみると、劇場の入口には団体旅行で来たと思われる大勢の人が行列を作っていた。実はここでも入場料(たしか40元)が必要なのだが、コネ利用の僕たちはタダで入れてもらえた。


アシカ2頭の曲芸にピエロ5人が雑技で対決するというのがこのショーの内容らしく、まあそれなりに笑えて面白かった。対決の結果はアシカと人間が同点で引き分け。
その後は会場の中からお客さんをステージに呼んでアシカと遊んでもらう、ということで司会者が参加希望者を募ると、ほとんどの人が手を挙げていた。
選ばれたのはなかなか綺麗なお姉さんだった。しかしお姉さんにアシカも興奮したのか2頭で喧嘩を始めてしまい、お姉さんはビビッたらしく戻っていった。ていうか僕も怖いぞ。
気を取り直してもう一度。
今度も選ばれたのは可愛いお姉さんだった。絶対にコイツ(司会者)の趣味だと思う。
このお姉さんは台湾から旅行で来たらしくかなりノリノリで、自分からマイクを奪って喋ったり勝手にアシカに近づいて注意されたりしてみんなを笑わせてくれた。なんか変なダンスも踊ってたし(写真が無くて残念!)。最後にアシカにキスを貰って退場。お疲れ様。
このエリアには水族館もあって、水族館マニアの僕は是非行ってみたいと思ったのだがさすがにそこまではコネが効かないらしく、水族館には入れないとのこと。
しかし値段を聞いたら一人100元、せっかくなのでお金を払って入場することにした。
おじさんの知り合いの人が一旦どこかへ消えたがしばらくして戻ってきて、タダで入れて貰えることになったからお金は不要と言う。
その時はこの我がバカ頭は気が付かなかったのだが、水族館エリアの入場料よりも、アシカショーの入場料よりも値段が高いのだ。
日本から来た客人のためということで、もしかしたら無理をさせてしまったのではないだろうか。100元ね、と日本人の金銭感覚で安易に考えてしまった自分が恥ずかしい・・・。
おじさんと知り合いの人とは入口で別れて、先生と水族館に入った。
水族館と言っても実は『極地海洋動物園』というのが正式名称なので、白クマやラッコやペンギン等の動物もいるのだ。

白クマはずっと眠ったままで、先生がガラスを叩くが反応が無い。白クマに全くやる気が見受けられない。でも先生、ガラスを叩くな!と注意書きがあります・・・。
ペンギンは元気に泳いでいるヤツもいるのだが、なぜか壁の隅に向ってたたずんで瞑想しているヤツもいる。まぁペンギンの人生(?)もいろいろなのだろう。
その後イルカのショーを見たり、水族館を出てケーブルカーに乗ったりしているうちにお昼になった。
先生の携帯電話に「お昼ご飯が冷めてしまうから早く帰って来なさい!」とお母さんから電話が入った。今日は先生の家でお昼ご飯に呼ばれているのだ。
タクシーを捜して急いで戻ることにした。
投稿者 KENN : 06:54 PM | コメント (1)
September 23, 2006
大連旅行 その3 大酒宴編
まだ夕方5時ちょっと過ぎで夕食には早いような気もするが、とにかく皆で晩ご飯を食べに行くよ、という事でホテルを出てタクシーに乗り込んだ。
タクシーといえば、街の中いたるところにタクシーが溢れている。料金は初乗り約3キロまで8元ということもあり、市民の足となっているようだ。
今回の旅行中も何度かタクシーで移動したが、いつもだいたい10元前後で済んでしまうので、お値段的にもとても満足でした。と言っても、ほとんどいつも先生のお母さんや叔母さんたちが払ってくれたのでした。
僕がタクシー代を出したのは2回くらい?う~む、いやはや本当にすまんこってす。
中国といえば自転車のイメージがあるかもしれないが、都市部では自転車よりもバイクや車の方がはるかに多い。特に大連はタクシーの他にも路線バスや路面電車などの公共交通機関がとても充実しており、市内の移動はとても便利。
そういえば、背後からいつのまにか無音で迫ってきていきなり「ビッビー!」とクラクションを鳴らしてカタカタと通り過ぎていく、あの電動自転車(?)も見なかったような気がする。

市内の路面電車 (電鉄倶楽部より借用しました)
市内を網の目のように走る路線バスにはまだちょっと一人で乗ることが出来ないけれど、しかし路面電車は201路,202路,203路の3路線しかないので中国語が出来ないこんな僕でも一人で乗れちゃうのだ。
しかもどこまで行ってもたったの1元ぽっきりというのも嬉しいじゃありませんか。
3路線のうちの203路線を走る電車はかなりレトロな車体となっており、その道の人たちにとっては堪らないシロモノかと思われます。
でもまだ僕、路面電車は未経験なのでした。こんど機会があれば是非チャレンジしてみたいと思う所存であります。
話が脱線してしまった。
食事の場所はホテルの上階にあるレストランだった。店員さんに案内されて個室に入ると、すでに数人が集まっていた。4人のおじさんがトランプで熱い戦いを繰り広げている横では、おばさんがひとりカラオケを熱唱中だった。
てっきり先生とお母さん叔母さんと僕の4人で食事をするものと思っていたが、そうでは無かったようだ。親類縁者友人知人を集めてのお食事会なのだった。
まだ食事会が始まる気配は無く、トランプの熱戦がずっと続いている。いったいどんな勝負が行われているのかと後ろから見ていたが、最後までルールは分からなかった。
しばらくすると先生がカラオケの本をパラパラし始めた。以前、先生の友達とカラオケに行ったときに練習だからと中国語の歌を歌わされたことがあったのだ。
う~む、なんか歌えと言われたらどうしよう。ていうか、言われる気がするなあ。
「鈴木さん、花心、歌ってみようか」
・・・やっぱり。
いやちょっと無理っすよ、先生。とかなり固く辞退してみたものの、先ほど熱唱していたおばさんも「别客气、别客气、No Problem!」と迫ってきた。いえいえ、有プロブレム!でんがな奥さん。
「花心」、原曲は日本の「花」という歌なのだ。どんな曲かと言うと「花は流れてどこどこいくの~♪」「なきな~さ~い♪ わらいな~さ~い♪」知っている人は知っていると思いますが良い曲だと思うんですけど難しい曲なのですね。ていうか僕が音痴なだけだということもあるのだが。
結局、有無を言わさずカラオケの機械に番号が送信され、強制的に歌わされることになった。
たどたどしく小さな声で歌う花心はとても聴けたものではなかったはず。にもかかわらず、所々なんとか中国語らしいフレーズが聴き取れるところもあったようで、暖かい拍手をいただいた。この次までには歌えるように練習しておきます・・・。
更に数人のおじさんとおばさんがやって来てようやく全員が揃ったらしく、先生のお母さんが「みなさん本日はお集まりいただきありがとうございます。今夜はたくさん食べていっぱい飲んでゆっくり楽しんで行ってくださいませ」と挨拶をして(たぶん・・・)「乾杯!」で食事会が始まった。
みんながグラスの底をテーブルに軽く二、三度叩きつけてから乾杯!とやるので、これはどういう意味かと思っていたら、自分から離れた所にいる人とはグラスを合わせる事が出来ないのでその代わりにということらしい。とりあえず僕も真似しておいた。
次から次へと運ばれてくる料理はすべて中華料理なのですね。あたり前ですが。
先生のお母さんが僕の小皿に料理を取り分けてくれるのだが、僕の食べる速度が追いつかず小皿はいつも山盛り状態。
先生から「もう少ししたら自己紹介してもらうからね」と言われていたので、美味しい料理もなかなか喉を通らないのだ。
「鈴木さん、楽しんでくださいね」と日本で仕事をしたことがあるというおじさんが日本語で話しかけてくれた。そして当然、乾杯。酒の量も進みます。
「あ、李さん今日はどうもどうも・・・いえいえ周さんこちらこそどうも・・・乾杯!」
「孙さん王さんお二人ともお元気そうでなによりです・・・うん、张さんもお元気そうでなによりですな・・・乾杯!」
「儲かってまっか?・・・まぁぼちぼちでんなぁ・・・乾杯!」
というように、中国の宴会では全員で乾杯をしたあとでも二人または三人での乾杯が宴の間ずっと繰り返し何度も何度も行われます。
僕も何度か乾杯の挨拶を受けたが気の利いた答えができず「谢谢您!」と返すことしかできなかった。う~む・・・。
なんとか自己紹介をこなし(何を言ったか忘れました・・・)ようやく料理を楽しんでいるとカラオケ大会に突入。
日本語ができるおじさんが「北国の春」を歌いだすと、みんなから「彼の歌う日本語は合っているのか?合っていないのか? 对不对?」と何度も聞かれた。
このことは事前に先生から「日本語ができるおじさんがいるので、日本語が合っているかって聞かれたら、合っているって答えるように。おじさんの面子があるからね」と言われていたので、「对、对!」と答えてあげた。
答えてあげた、なんてえらそうに書いているが、おじさんの日本語はなかなかたいしたもので、僕の歌う中国語の歌とは天と地ほどの差があるのだ。
いい感じで酔っ払ったおばさんに「私のことをお姉さんと呼びなさい」なんて言われるので「谢谢、姐姐♪」なんて応えているとなぜか気に入られてしまったようで、誰かのカラオケ熱唱中におばさんとシャル・ウィ・ダンス?状態となってしまった。
親戚のおじさんからは「あんたは日本の息子だ!」なんて抱きしめられて頬っぺにチュッとされたりして、とても皆さん熱く歓迎してくれるので僕も感激してしまった。
最後に「中日友好に乾杯!」でお開きとなった。
「明日は10時にホテルのロビーに迎えに来くるから今夜はもう外を出歩かないで早く寝るんですよ」と、ホテルの前で別れ際に叔母さんに言われたので素直な僕はシャワーを浴びてさっさと寝ることにした。
しかしまだ夜の10時前だ。ヨルはまだまだお楽しみはこれからなのだ。ちょっと探検してこようかと思ったのだが、でもしかしよく考えたら日本時間では夜11時じゃないか。
たった1時間の時差で時差ぼけになるはずはないが、1時間多く過ごしていることをカラダは知っているようで眠くなってきた。やはり素直に寝ることにした。
投稿者 KENN : 06:10 AM | コメント (2)
September 18, 2006
大連旅行 その2 你好大连!編
大連空港は2005年に改装されており内装もきれいだ。中国の多くの空港と同じように、国内線と国際線ターミナルは同じ建物の中に入っていて、隣同士並んでいる。
あまり広くは無い国際線ターミナルを進んでいくと入国審査の列が待っていた。
とりあえず一番手前の列に並んだが、どうも向こうの列の方が速く進んでいるような気がする。自分が並んだ列を見ると、先頭の方で隣の列が合流しているではないか。
よし、それなら向こうの列に移動だ。機に臨みては変に応じる・・・何事も状況に応じて対処することが生きていくうえでは非常に重要なのだ。
しかし私はこの判断が誤りであったことをすぐに思い知らされることになるのであった!なんと先ほどまで僕が並んでいた列に入管の係官がもう一人やってきて、審査待ちの列が二つに分かれたのだ。しかも我が方の列は何故か私が移ったとたん流れが悪くなったではないか。う~む。
初志貫徹・・・これこそ行列に挑む時の心得であることを私は痛感したのであった。
自分の荷物を受け取って到着ロビーに出ると、出迎えの人たちがまだ少し残っていた。
迎えに来てくれているはずの先生の姿を探していると、一人のおばさんと目が合った。なぜか僕の方に向って笑顔で手を振っているので僕もつられて手を上げたが、僕じゃなくて他の人に手を振っているのだと気が付いた。
恥ずかしいのを隠しつつ何事も無かったかのように廻りを見渡すが、僕の他には誰も居ない。なんだったのだろう?
ようやく先生を発見。先生の隣には先生の叔母さんが一緒にいるではないか。先生が一人で迎えに来ているものと思っていたのでやや驚き。
あれ?するとあの手を振っていたおばさんは・・・あぁっ、先生のお母さんだ!なんという失敗。さっきは気が付かずに無視してしまった・・・。
うろたえつつも「你好你好!」それから考えてきた挨拶の言葉を口にしようとしたとたん、叔母さんから「铃木、你为什么・・・慢慢・・・?」と言われたのだがよく聞き取れなかった。どうして出てくるのが遅かったのか?と聞いているのだと先生が教えてくれた。
飛行機の席が一番後ろで乗客も大勢いて、入国審査の列も一番後ろだったから・・・などと言い訳をしているとお母さんもやって来た。
挨拶もそこそこに、タクシーで宿泊先に向うことになった。空港を出たとたんに群がってくる白タクの客引きたちを蹴倒し掻き分け千切っては投げ・・・などしながらタクシー乗り場に向い、ようやく一台の正しいタクシーに乗車することができた。中国語が堪能で無い方はくれぐれも客引きにはご注意を。
道路も整備されて街並みも街路樹の緑も美しく、ここが中国であることを忘れてしまうほどとてもきれいです。でも大通りから一歩離れるとやはり中国らしい街並みが広がっているんだろうなあ。などと思いながら大連の街を眺めていると20分くらいで到着。
今回僕が宿泊するのは「捷山宾馆」という小さなホテルで、3つ星ホテルとまではいかないがそんなに悪くは無い。それに、先生の家までは徒歩5分となかなか便利がいいのだ。
先生のお母さんが事前に宿泊費を交渉してくれており、1泊300元だったのを200元まで下げてくれていたのだが、チェックインのときに「日本からのお客さんなんだからもうちょっと安くならないの?」と叔母さんが更に交渉してくれた。
すると「この人(僕のこと)の身分証(パスポートのこと)でチェックインすると外国人値段にしないといけないんだけど、あんた(叔母さんのこと)の身分証明証でチェックインするなら1泊138元でいいわよ」と、あっさり値引きしてくれた。
ありがとうお母さん&叔母さん、そしてフロントのお姉さん♪
中国ではホテルに宿泊する場合、退役軍人など一部の人たちを除いて中国人であっても身分証明証が必要となるそうだ。
外国人の場合は「何とぞおねげぇしますだ、お代官様~」とフロントにパスポートを提示して身元確認の後、はれて「宿泊許可!」ということになる。
そして外国人を宿泊させたホテルは24時間以内に地元の公安に届出をすることになっているそうだ。法律で決まっているらしい。
ホテルではなく知人の家などに宿泊する場合は、自分で公安に行って届出しないといけないらしい。
もしこれに違反して、そしてバレた場合はかなり面倒なコトになるであろうことは容易に予想がつく。が、バレることはめったにないのかもしれない。
(館長はどうされてました?)
今回は叔母さんの身分証でチェックインしたし、どうなんだろう・・・?
とりあえず部屋に荷物を置き、みんなで夕食に出かけることにした。
投稿者 KENN : 05:00 PM | コメント (3)
September 13, 2006
大連旅行 その1 望郷編
keidohより:大連に着いた。 大連周水子国際空港の滑走路のすぐ脇には、綺麗な住宅がいくつも並んでいる。日本の新興建売住宅の様な感じでたくさんたくさん同じような形の家だ。
去年、私の上海での婚礼の様子を綴ってくれた けんたろう氏の大連レポです
今後、彼がここで各地のレポを書いてくれる予定ですのでお楽しみに!
しかし、住んでいる人はいるんだろうか?こんなに近くで飛行機が離着陸するのにうるさくないか?でも飛行機マニアな人にはたまらん物件ですね、きっとたぶん。
(写真が無くてゴメンなさい!)
なぜ僕が大連に来たかと言うと、
9月に僕の中国語の先生が夏休みを利用して大連の実家に帰省すると言うので、それじゃあまた僕もちょっとお邪魔してもよろしいでしょうか?とお伺いをたてたところ「うんいいよ~」と快く(本当は迷惑だった?)OKの返事をいただいたからだった。
実は今回が2度目。今年の3月に、やはり先生が帰省中にずうずうしくも押し掛けていたのだ。その時は2泊3日の本当にあっという間の旅行であったので、今回は1日多く予定を組んでみたのだけれど、初日は夕方到着、最終日は朝8時50分発の飛行機なので実質まる二日とちょっとなんだなぁ。
話は戻って・・・
大連へ向う飛行機、僕の座席は一番後ろの通路側の席。トイレに立ち易いので通路側の席が僕は好きなのだ。しかも最後列なのでトイレがすぐそば。とても安心だ。もう怖いものは何も無いのだ、ふふふ。
隣の窓際の席にはたぶん20代前半と思われる中国人女性が座っていて、ちょっと緊張。今こそこれまでの中国語学習の成果を示す時ぞ!と、思ったけれど、話しかけられない。だって恥ずかしいじゃないか。僕は人見知りな性格なのだから。
と言うのはまぁ言い訳で、その実は中国語に全く自信が無いのだった。我ながら情け無いなぁ。
機内に持ち込んだ文庫本を読みながら時間が過ぎ去るのをただただ待っていると、客室乗務員のお姉さんが飲み物を配りながらやって来た。「你喝什么?」
本当はオレンジジュースが飲みたかった僕だが、「橙汁」が言えない。外国人なのだから素直に「オレンジジュース」と言えばいいだけの話だが、それはできれば避けたい。
それじゃまぁ冷たい水でも飲んで我慢しとくか。「我要冰水」と僕は言ってやった。ふふふ、どんなもんだ。僕だってこれくらいは言えるのだ。
しかし若干、いやほんの僅かではあるがやや語尾が尻すぼみになってしまったところが気になる。ちょっと自信が足りなかったか?いやいや、そんなはずは。いやしかしまさか・・・。
手渡されたのは缶ビールだった。
機内食が配られる時「ビーフ、オア、フィッシュ、オア、ジャパニーズフード?」と英語で聞かれてしまった。
え、あの・・・。ビーフ、プリーズ・・・。そうさ、僕は負け犬さ。
お隣さんは「ナントカカントカ日本菜!」と答えていた。かっこいい・・・。
食事のあと、お隣さんの中国人女性から日本語で話しかけられた。それから着陸まで1時間ほど会話をした。日本語で・・・。
彼女は留学生として来日したものの現実は厳しく、学費や生活費を捻出するため休日と夜間はバイトで忙しい日々だったらしい。3年間頑張ったものの、ついにそんな生活に疲れてしまい、とうとうこの日、日本に別れを告げて帰国することにしたのだそうだ。
お父さんお母さんに会えるから楽しみだよね、とこのくらいしか言葉を掛けられなかったが、彼女は「うんすごく楽しみ」と笑顔で答えてくれた。でもちょっと切ない思いがするんですよね、なぜか。
今日は大連で友達に会って1泊した後、翌日また飛行機で河北省の実家に戻るのだそうだ。
彼女の心に残った日本はいったいどんなだったのだろう。
人生いろいろ・・・な人たちを乗せた我らが中国国際航空952便は、定刻通り中国時間15時20分に大連周水子国際空港に着陸した。
